緩和ケアとは?根強い誤解の内容と、その理由について

診療とハートのイメージ

緩和ケアとは文字通り、痛みなどの症状に苦しむ患者さんの苦痛を和らげるためのケアです。「ケア」は、世話や配慮、気配りを指しますが、「緩和ケア」と言った場合は一般的には痛み止めなどの薬を使った治療(医療)もここに入ります。

緩和ケアの対象になる症状は、痛みのほかに息切れや吐き気、便秘や不眠、抑うつ、せん妄、食欲がない等などです。また広義には仕事や生活の悩みなども含まれます。

よくあるのは、緩和ケアは「終末期の患者さん」のためのプログラムであるという誤解です。緩和ケアを指す英語、Palliativeの語源は「(寒さにこごえる人に)外套を着せる」という意味で、終末期というニュアンスは含まれません

ちなみに、終末期の定義もあいまいです。一般的には治療が終了し、主治医が余命が数か月以内と考えるを指す場合が多いです。

しかし日本では、この「緩和ケア=終末期」という間違ったイメージのために、本来緩和ケアが必要な患者さんが緩和ケアにアクセス出来ていないということがずっと問題になっています。

約20年にわたり、日本の緩和ケアの現場に関わって来た私が考える、その理由についてお話します。

目次

日本における緩和ケアの歴史

どこをもって、日本の緩和ケアの始まりと考えるかは意見が分かれるところかもしれませんが、以下の通りだいたい1970~80年代からと言えそうです。

1977年 「実地医家のための会」の医師たちが英国のホスピスを訪問
1981年 聖隷三方原病院(浜松)に日本初のホスピス開所
1984年 淀川キリスト教病院(大阪)に西日本初の病棟型ホスピス開設

ちなみに、E・キューブラー・ロス『死ぬ瞬間』の翻訳が出版されたのは1971年。私がホスピスを知り医師を目指すきっかけとなった、山崎章郎医師の『病院で死ぬということ』が出版されたのは1990年です。

私が生まれたのが1971年ですので、当時の詳細は分かりませんが、書籍などで見る限り当時は終末期患者さんに対するケア、そして施設(ホスピス)がある、という部分が強調されて日本に紹介されたようです。

ですのでこの頃は、緩和ケアでなく「ターミナルケア」という言葉が使われており、ターミナルケアを行う病院(病棟)をホスピスと呼ぶ、という理解であったと思います。

しかし、その後患者さんが苦痛を和らげるための医療はを必要とするのは、終末期に限ったことではない、という当然の流れとなり、終末期を示す「ターミナル」という言葉をやめ、終末期という意味合いを持たない「緩和ケア」という言葉が使われるようになりました。

象徴的な出来事として、当時青海社から出版されている『ターミナルケア』という雑誌が『緩和ケア』というタイトルに変更になったことをよく覚えています。

以降、わが国では『ターミナルケア』という言葉はあまり使われなくなりました。

ただ、個人的にはむしろ、緩和ケアとは異なる概念として『ターミナルケア』という言葉があっても良いと思っています。

医師とハート

緩和ケアの誤解、2つの理由

しかし、その意図したこととは裏腹に、今もなお緩和ケアは「終末期(ターミナル)」のニュアンスを含むという誤解が根強く続いています。これは無理ないと思うところでもありますが、その主な理由として私が考えていることを2つお話します。

理由1.医療者の理解が足りない

上記の流れで使われるようになった「緩和ケア」が終末期の意味を含まないことは、医療者、特にがん治療医であれば頭では分かっているはずです。ただ、こころの中ではどこか緩和ケア=終末期の治療だと捉えているのでしょう。

だからこそ、緩和ケアについて質問した患者さんに「緩和ケアはあなたには、まだ早い」という表現を使ったり、積極的治療が終了になった患者さんに、「あとは緩和ケアしかありません」という言い方をするのだと思います。

そうなると、患者さん側にも誤ったメッセージとなって伝わるでしょうし、「病状が悪くなった人の治療なんだ」と理解されることになるでしょう。

そうなると、緩和ケアを受けるということは自分の病気が悪くなったと意識しざるを得ず、患者さんは緩和ケアを避けることになると思います。

理由2.「緩和ケア病棟」という名称の存在

緩和ケアの歴史における最大の失敗は、「ターミナルケア」という言葉が「緩和ケア」に置き換わった時に、「ホスピス」もほぼ同時に「緩和ケア病棟」に変えてしまったことです。

「緩和ケア病棟」の名称に変更したひとつの理由は、「ホスピス」という歴史的にキリスト教の影響が強い言葉であり、日本人に受け入れやすいようにと宗教的な意味合いを外す意味合いもあったと思います。

加えて、ホスピスを利用するための条件のひとつに「余命半年以内と推定される」という文言があったののですが、これは削除されました。苦痛が強い患者さんは終末期でなくとも緩和ケア病棟を利用出来るようにしよう、という意図があったと考えます。

しかし現実には、どこの緩和ケア病棟もがんの積極的な治療が終了し、終末期の病状でないと入院することが出来ません。がんの治療(化学療法など)を行っていると、そもそも緩和ケア外来を予約すら出来ないこともあります。

「緩和ケア外来」という言葉もちょっと分かりにくいですね。今、私は「緩和ケア外来を登録するための外来」の意味で使いましたが、単に「緩和ケア医がやっている(苦痛をとるための)外来」を指すこともあります。

「緩和ケア」という言葉は終末期の意味合いを含まないが、「緩和ケア病棟」は終末期の患者さんしか入院出来ない。このような矛盾は、理解を遠ざけているとしか思えません。

なお、「ターミナルケア」という言葉が殆ど使われなくなったのとは対照的に、「ホスピス」という言葉は今でも「緩和ケア」とほぼ同義で使われることがあります。

これからの緩和ケア

緩和ケアというアプローチを、幅広くがんの患者さんに、そしてがん以外の患者さんにも行っていくのが理想だと思っていますが、そのためにはまず誤解の元となる「緩和ケア」か「緩和ケア病棟」のどちらかの名称を変更すべきではないでしょうか。

個人的には、一度終末期のイメージがついてしまった「緩和ケア」という言葉は、いくらそうではないと説明してもがんの患者さんの中にはマイナスに受け止める人がいても無理はないと思っています。これデリケートな問題で、改善出来るとしても、しばらく時間がかかるでしょう。

患者さんを緩和ケア医に紹介する際は、緩和ケア医はわざわざこの言葉を使わず、「ペイン科」というような名称を使うか、なんなら「内科」などでも良いように思います。

言わんとすることが分かりやすいので、私も自分のクリニックの看板に「緩和ケア」という名称を用いていますが、本来はことさらに「緩和ケア」などという言葉を使わなくても、緩和ケアは行えるのではないか、と考えています。

まとめ

緩和ケアという言葉がもつ誤解と、その歴史的背景を含めた理由を説明しました。ご理解の一助になれば幸いです。

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この記事を書いた人

元ホスピス勤務医、総合内科専門医。2013年7月大田区久が原に「小原りぼんクリニック」を開業。緩和ケアと認知症診療、訪問診療をライフワークにしています。介護は、まずは家族を支えなければ始まらないをモットーに、対話を重視する診療を心がけています。

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