プラセボとノセボ。偽薬は誰のための「優しい嘘」?

プラセボ?

11月8日にTwitterでみかけた、のぶさんのツイートをご紹介します。

利用者のために、偽薬を使うことをためらう、というのぶさん。そこに書かれた返信の多くは「仕方ない」「罪悪感を持たなくても良いのでは?」という意見でした。あなたはどう考えますか?

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プラセボ効果とノセボ効果

人のこころが症状に及ぼす影響は大きく、薬の成分が入っていないものを渡されても「効果がある」と信じて薬を飲んだ時に実際に効果が出たり、逆に不安に思いながら飲んだ時に副作用が出るものです。

その症状に効果のある有効成分が入っていないもの(たとえば乳糖やでんぷんなど)を錠剤やカプセルに入れて薬のようにみせかけたものを「偽薬(プラセボ)」と呼びます。実際の臨床ではわざわざ形状を似せたニセモノを作ったりはしませんが、明らかに効果がない別の薬を「偽薬」と表現します。

偽薬を飲んで出現する効果(暗示や期待による)のうち、好ましい変化を「プラセボ効果」、逆に好ましくない症状を「ノセボ効果」と呼びます。

プラセボの効果は実はかなり大きく、医師患者の信頼関係や問題となる症状にもより頻度や程度は異なりますが平均すれば3割くらいに出現することが分かっています。

プラセボの効果が大きい症状は、たとば痛み、倦怠感、胃腸症状、抑うつなど自覚症状に関すること。

一方で、血圧や検査値の変化など客観的な変化は少ないですが興味深いことに全くないわけではありません。たとえば、偽薬でも血圧が下がったり検査の値が改善したりすることがあるのです。

ノセボも同様で、たとえば新型コロナウイルスの治験では偽薬でも38℃以上の熱を出した人もいます。

実薬は偽薬と比較試験をおこなう

病院で処方される薬の大部分は、偽薬と比べることで薬の本当の効果や副作用を調べています。偽薬でも効果や副作用が出るので、このような方法で比較をしないと薬の効果かプラセボの効果か確定出来ないのです。

その際、患者さんだけでなく医師も、誰に本物の薬が渡って、誰が偽薬を飲むか分からなくしていることがあります(double blind test/二重盲検法)。処方する側が知っているだけでも効果に差が出てしまうことが分かっているからです。

ひとつの例としては、うつ病は偽薬でも効果が高く、抗うつ薬はミルタザピンという薬が出るまでは、なかなか
偽薬と比べ回復までの期間に統計的な差がつけられなかったという事実もあります。

だからと言って、従来の抗うつ剤が無効であるというわけではありません。たとえ回復までの期間が偽薬とほぼ同じでも、患者さんが眠れたり不安が少なくなり苦しみが軽減しているなら薬の意味があるからです。

薬を飲む女性

臨床におけるプラセボ使用の例

たとえば睡眠薬は夜間の不眠に苦しむ人にとって有益ではありますが、特に年配の患者さんの場合認知機能低下や日中の活動性の低下、転倒や外傷(頭部打撲や骨折など)の原因となり、また若い方同様に依存症などの問題も起こり得ます。

しかし、不眠が苦痛だと繰り返しおっしゃる患者さんが多いのもまた事実です。

ここで、副作用が多い睡眠薬よりも、プラセボ効果を期待して偽薬をあげたらどうか、という発想が出て来るのは自然かもしれません。

特に、ふらつきなどの転倒リスクがある方、一度睡眠薬を飲んで何らかのトラブルがあった方、睡眠薬を飲んで頂いても忘れて再度薬を希望する患者さんには偽薬が使われがちだと思います。

私はこのような場合、整腸剤やビタミン剤を処方するのはやはりためらわれるので、通常全くの偽薬は処方しません。ロゼレムのような(効果は低いですが)安全性の高い薬、あるいは漢方薬などを使用します。

しかし、患者さんが何度も睡眠薬を希望し、奥さんが断れず何度も薬を渡してしまうなどのケースではやむを得ずタブレット型のお菓子を薬として用意していただいたこともあります。

医療・介護者の葛藤

よくある例として介護の場面における睡眠薬を出しましたが、私は実際に介護の場面で偽薬を使わざるを得ない、使った方が良いケースはあり得ると考えています。

しかし同時に、処方する医師や、のぶさんのように使用する立場の介護士・家族には偽薬を使用することをためらう人も多いです。それはきっと、自分を信頼してくれている患者さんを騙すことになるから、ではないでしょうか。

これに対する私の意見は、「薬はニセモノ、優しい気持ちは本物」です。それで良いと思います。のぶさんは介護者目線の考えだと言っていましたが、ニセモノの薬は、介護士や家族にメリットは殆どなく、紛れもなくご本人を想えばこそ使うものだと思います。

ただ、それでも罪悪感があるのも人として自然で、その気持ちはそのまま持っていた方が良いかもしれません。罪悪感がなくなると、「本人のためだ」と言えば嘘が当たり前になり介護がおかしな方向に進みやすいと思いますので。

まとめ

今回は介護を受けている年配の患者さんに時々使用される、偽薬についてお話しました。薬が本物か偽物かよりも、偽薬を渡す自分の気持ちよりも、患者さんを大切に想う気持ちにスポットを当てていただけたらと思います。

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この記事を書いた人

元ホスピス勤務医、総合内科専門医。2013年7月大田区久が原に「小原りぼんクリニック」を開業。緩和ケアと認知症診療、訪問診療をライフワークにしています。介護は、まずは家族を支えなければ始まらないをモットーに、対話を重視する診療を心がけています。

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